2007年05月04日

リラクゼーション(1)−癒しブームの背景

minmaro1しばらく前から癒やしブームが始まり、今のところその状況が続いている。癒やしがはやるのは、癒やしを求める人がおおいからだ。つまり、現代人はストレスフルである、簡単に言えば心が疲れている。
身体疲労がけでいえば、高度成長期の方がハードワークをしていたのではないだろうか。単純な肉体的疲労は、普通に身体を休めていれば回復する。問題は休んでいるのに回復しにくい疲れだ。
回復しやすい疲れと回復しにくい疲れがあるのは、多くの人が何となく経験しているのではないだろうか。例えば、何かの競技で全力を出したとする。しかも、結果は自分にとって納得できるものだったとしよう。そういう時は、嫌な疲れは感じず、むしろやるだけやったという満足感を伴う疲れだろう。そういう時には回復も早いものだ。しかし、納得できない結果に終わる、力を出し切れずに終わったとする。その時は、嫌な疲労感が残り、いつまでも嫌な感じが続くだろう。精神的な疲れも同じだ。試験で力を出し切り結果も良かったならば、ものすごく疲労したはずだが、回復は早いに違いない。
つまり、疲労感は単純に量的に比較できるものではないということだ。
高度成長期、明日を信じ、報われると信じられる努力によって感じる疲労は決して不快なものではない。それに、仕事が終われば満足感をもって、休息に入ることができて心身ともにリセットされやすいだろう。
しかし、今の世は、未来を信じることができず、正当な労働だとも感じられず、何かしら不平等感と先の見えなさにさいなまれながらの労働になる。納得も満足もしにくいので、切り替えもできず、仕事が終わっても仕事のことが頭から離れず、リセットできない。
「自分のやっていることが良いことだと感じられない」「自分の努力が明日につながると実感できない」「先が見えない」など、現代社会が抱える矛盾が、そのまま人々の心をむしばんでいる。みんなで良くしようという連帯感はなくなり、自分だけは生き残りたいという利己的、排他的な雰囲気が心をすさんだものにしてしまう。
それゆえ、今、人々は疲れている、慢性的に疲れている。どこかでホッとしたい、安心したいと思い続けている。その思いが「癒しブーム」のベースになっているのだろうと思う。